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詩集『旋律』

by 中澤京華

目次

朝顔

迷宮

虹の宿

夕焼け

萌(きざし)

見失った日々

波の音

地図

情熱

時間

旋律

鼓動

循環

朝顔

絡みついていたはずの 

記憶の糸が

揺るぎ 

とりとめもなく

光へと走る

静かにそっと

ふれた手のひらに伝わる

柔らかな花弁の温もりに

こころの漣が

音を立てて広がる

抱き上げた静かな鼓動のやすらぎに

遮断されていたシナプスが繋がり

広がり続ける見えない宇宙の闇にさえ

宏壮の蔓を伸ばし

そっと手のひらをくすぐりはじめる

迷宮

遠い記憶を引き摺ったまま

引き返すことができない

時の名残を抱えたまま

君に魅せられた日々に

さよならができない

病んだままの傷痕

未来の行方に

くすぐる痛み

時間の闇に交差し

触れたひとすじの冷却

遮断された熱

生み出された苦味を追いかけた

過去の風景に

引き戻されて

明ける朝

日だまりの中に君の姿を探す

木陰に淀む影の移ろいから

逃げ隠れするように 

哀しみを携え走り去った姿に

あの日の自分が交差する

もう何年も経ったのに

忘れられない

痛みの記憶に

こころが囚われて

身動きができない

目を閉じて

柔らかな芝生に

ほかほかのベッドを重ねる

あのとき君が側にいてくれたことさえ

いつからか忘れてしまっていた

夜が静かに

短い別れの時間を

投げかける

悟りはじめたかたちのちがいを

告げる言葉をわたしは知らない

やっと出逢えた

そう思った途端別れは少しずつ訪れた

幸せだった時間が 

色褪せはじめていることに

いつからか気付きはじめていた

すぐには

追いつけない場所に

君は走っていってしまったね

君が何を見つけたのか

とても気になるんだ

音が過去の記憶を呼び覚ます

諦めてしまった後姿思い出し

言葉もかけられないまま

自分が今いる位置を確かめて

戸惑いが生じはじめている

気がついたらここにいた

どうしても確かめたいことがあるんだ

その存在の不確かな温もりに

目を奪われた時間を越える術を

僕は知っているから

綱渡りはお手の物と

爪先で伝える強さに惹かれ

吹くそよ風の

労わるような眼差しを

揺れる木々が伝える

遠くて見えない

優しさに引き摺られ

また何かを探しはじめる

ここは広すぎて

君がどんどん小さくなっていく

少しだけ君に追いついた

だけどまだ遠いね

君がどこへ

行こうとしているのかさえ

わからない

静かに流れる時間に

耳を澄ませる

あなたがこんなに近くにいたこと

ちっとも気付かなかった

柔らかな大地が冬の訪れを告げていた

時の光を重ねて

物思いに耽る

木漏れ日の囁きに

時空を越えたひとときを呼び覚まされ

君が側にいた日の朝の光を思い出す

思い出が

木の葉の奥に溶けていった

木の葉の囁きに

耳を澄ませた日々に

時を埋めてしまえたら

木陰で佇む 君の姿が

また朧に映りはじめる

何を求め何処へ行くか

僕を振り返ることもせず

僕を懐かしむこともなく

世界はこんなに広いから

忘却の時を走り抜けて

新しい夢を見つけよう

わたしの仲間は他にもいるし

あなたの仲間も何処かにいるし

瞳が呼び覚ます

時のかけら

もう少しだけ

時をとどめて

夢に近づいて

わたしはここにいるから

気付かないように 側に来て

あなたのこと憶えているから

知らん振りしてるの

疲れたよ

煌いていた時間に

さよならしよう

わたしを掴まえてくれてありがとう

これからはいつでも

逢いたいときに逢える

さよならを瞼にとどめて

僕の時間に戻る前に

おやすみのキスを

ふたりで過ごした時間が

明日の夢の記憶を紡ぐように

虹の宿

爪先が震えてしまうのは

その橋を渡るのが

怖いからか

それとも

心が途切れそうだからか

目を逸らしたいほど

胸潰れる思いで

心が波立つのは

見えない未来が切ないからか

それとも迷いが生じるからか

一歩一歩

踏みしめるごとに

震える心は

谷底を激しく流れる川を

足下に感じている

肌を心地よく撫でる

風に揺れて

遥かに霞む

吊り橋の袂を

静かに感じ見つめている

柔らかな風の誘いは

胸の中に仕舞っておいた

過去の扉を押し開き

そっと忍び込んだ痛みを擦り

頑なな昔をどこかへ飛ばしてしまった

不安定に

振れ続ける

心の振り子の記憶を

静かにそっと

呼び起こしてしまった

見知らぬ風景に

怯えて

そっと振り返れば

橋は霧と戯れ

架空の闇に

木霊する声さえ

掻き消して

風に靡く

髪の先に

揺れる

囁きかけるような

祈りに続く

道の彼方に

心に架ける

虹の宿

夕焼け

薄紫のハナダイコンの花と

黄色い菜の花が

可憐に咲き乱れる小道

あなたと散歩した

思い出が過る

うららかな春の夕刻に

ふたりきりで花を摘んで過ごした時間

時計台 噴水 水車 小さなせせらぎ

遠い伊豆の岬の夕焼けと重なって

背中に残る温もり

萌(きざし)

碧い深海に

溶け込むように沈んでしまった

君の涙のような

アメジストのペンダントを

今もまだ探しているよ

交わし合った時を

封印したのは

わたしなのかあなたなのか

ただそこにあなたがいることが

遠い記憶に呼びかける

わたしの指に

そっと

糸を絡めて

問いかける

天使の翼

無垢な瞳と白い額は

一筋の光に照らされ

安らかな眠りは

永遠に語り継ぐ道へと

続く

砂漠を歩いた

あなたに

深い夜が訪れ

巡り行く季節に

静かに宿る命の萌(きざし)

見失った日々

ここに来た意味を広大な空に掲げて

昨日までの自分を

振り返る余裕もなく

昔 君と語り合った日々を

はたと思い返したり

何処へともなく向かう

明日のことより

今この瞬間に

何処へ一歩を踏み出そうか

迷ったりしているうちに

君と自転車を二人乗りした

夜道の静けさ

思い出したり

楽しく団欒した夕食のひとときが

朧に巡ったり

最後に電話で

話したときには

またいつか

会おうと

思っていたのに

お互い忙しさに紛れるように

あたりまえのように

過ぎ去っていた年月がひとりぼっちの自分に問いかけるように

首を傾けたまま横たわっている

顔をふとあげれば

光輝くネオンの光線に

見知らぬ人の波が押し寄せては散らばり未知数の曲線を描いていく

光の不思議に包まれていく

俯き加減の後ろ姿に

あの日の自分を重ねてみたり

しゃがみ込んで遠くを見つめる

朧な視線に

深い意識を持たせてみたり

ざわめきの中人工的に浮かび上がった

都会のオーロラを見るような

他愛ない錯覚が広がりはじめ

見失った日々を

淡い優しさで包み込んでいる

波の音

貝殻に耳をあてると

聞こえてくる

風の音に入り混じり

時の記憶を呼び覚ます

波の音

こころの調べ

海辺に淡く映し出すように

波間を走り瞬く光

波の音と一緒に

ゆらゆら揺れる

波はゆらゆらと拡散し

いくつもの泡を弾き出し未来へ向う

生きるため

内から沸き出すエネルギー

波の音に重ねて

地図

閉じられた木戸の先の

絶望の闇に

ジャンセニズムの

頭を垂れて

向日葵は静かに枯れていた

あのとき気付かなかった

悲しみの前兆を映すような

色鮮やかな鳳仙花と

夕暮れに向かう道路端に

放射する熱を留めて

すべては生きるための定めに

従った道だったと

熱く語られた書に惑い

放浪の時の紙片に刻まれた皺を

うっすらと伸ばして広げれば

綴りはじめた日々に頷き

君の未来を模索しはじめた

見えない

地図が

差し出されている

幾度となく訪れた分岐点に

忘れてきた思いを扇ぐように送る風に

黎明を灯すランプを翳せば

引き込まれた糸と糸が絡みつく細い筋に引き摺られるような淡い刻

情熱

電線に切り裂かれたしまった

燃える空

見渡すかぎりの遠い雲に

祭りの余韻を静かに浮かべる

木々の叫び

君の声が弾み

わたしのこころも弾み

狭い停車場で

走馬灯のように

駆け巡る思い

緑の芝生が敷き詰められた広い庭も

苔むした灯籠も

跡形もなく 消えて

植えかえられた数本の木々が

ざわざわと 彼の地にて囁く

あなたの笑顔が揺れて

胸の片隅で情熱の椿がそっと花開く

手作りのカルネに連ねた思いは

どこかにそっと根をはって

天使の額に呼びかける

時間

耳を

塞ぎたかったのは

たぶん

わたしよりも

あなたの方だった

閉じ込めてしまった

あの瞬間を

取り戻そうとしたのも

たぶん

あなただった

運命の歯車が狂いかけたときから

求め続けた情熱の向かう先を

安らかに眠らせるように

笑顔で溶かし込むように

走ったり追いかけたり

微笑みが砕けるように

塗りつぶされた

強ばりを解くように

気が遠くなるほどの時間が

いつの間にか流れてしまった

虚無という

暗黒の城で

涙を流していたのは

わたしよりも

君だったのかもしれないと

通り雨が告げた

雨雲の連呼を

どうすることもできないまま

わたしはまだ

立ち止まっている

旋律

心の内で

呼びかける

何度も何度も

繰り返す

海からの谺に

全身が震え

波打つ飛沫に

とけていく

それぞれの

旅立ちを迎え

胸の鼓動が

激しく

高鳴り

そして

静まっていく

穏やかな

潮流に導かれ

地平線が霞む

孤高の時に

浮雲が赤く染まる

鷗の鳴く声が

耳元を

潤すような

懐かしい旋律を

再び呼び戻す

鼓動

安らかに 鼓動が満ちていく

心の奥に音をたてて流れ込むように

沈み込んだ時間の意味が微笑みかける

見えない流れを導き出した心の渦潮は

岸壁に打ち寄せられては 泡を散らす

安らかに育まれていく思いと

思い出すほど色鮮やかに広がる思い

思い描いていたら

君のはしゃぐ声が

伝わったんだよ

ほら

わくわくうずうず

胸を

とんと

叩いている

君と出逢って 気付いたこと

今はまだいくつも手繰るように

静かな波打ち際に

じっとじっと

立ちすくみ

両足を引き込んでいく

引潮に

負けないように

鮮烈な波飛沫を

見つめ続けていたんだよ

循環

翔けていく 想い出の中へ

忘れられない夢が 巡り出す

交し合った 笑顔

わたしの前で見せた 涙

覚えてる?覚えているよ

瞳と瞳が微笑んですぐに逸らされる

視線と視線がクロスして

メランコリックな風と舞う

柔らかなリンケージ

切れることのない固い絆

たとえ遠く離れても

時計の針は未来を呼ぶ

たとえもう逢えなくても

タイムスリップして待ち合わせ

柔らかな光に包まれる

濁り水が流れ出す海へ 海へ

自然の静かな叫びへと

流れ込む汚濁を見つめ

皿を洗う水の音に

指先が凍っていくよ

再生する力 甦らせて

きっとどこかにあるはずだから

いつか戻ってくる日を待ち望み

あなたの痛みが震えるほどに

伝わってくる

自分のこころを消さないで

優しさを強さに変えて

きっといつか

わたしに

微笑んで

淡い記憶の狭間で

整理されないまま

失われた時間が

クラッシュした光を

導く日まで

聞こえない

さようなら

きっといつかまた逢えるから

もうひとりの自分に

逢えるから

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